M様 『夏の終わりに』

2021.06.09

夏の終わりに

いまから35年前の8月31日

私の家の食卓には、蒸し暑さと心寒さが入り混じっていた。

あと、12時間後には学友たちの明るい声と共に、新学期が訪れるというのに、私の視線のその先にあるのは、5ページから後ろは未だに夏の空気に触れたことのない、「夏の友」だった。

そして、そこ向こうに見えるのは、怒りが頂点に達し、抑えきれない母だった。

母の右手が動くのが、一瞬スローに見えた。
こちらに手が伸びて来る。
しかしその手は、私に到達する手前で向きを下に変え、食卓の上の「まんじゅう」を掴むと同時に、強烈なスナップを効かせ、母の指先から放たれた。

私は、咄嗟に体を右にかわす、

「パリーンッ!」

私の頬を掠めたまんじゅうは、引き戸のガラスを突き破り、廊下に横たわっていた。

母「なんで避けるのっ!」
その言葉には、夏の40日間を無駄に過ごした娘と、この至近距離でまんじゅうを当てられなかった不甲斐ない自分への怒りが現れていた。

私は毎年、夏の終わりが近づくと、
「あのまんじゅうを避けていなかったら、私の人生は変わっていたのだろうか…」
そんなことが頭をよぎる。

今でも、実家の引き戸には、1枚だけ違う柄のガラスが入っている

素敵な『想い出』ありがとうございました。

この『想い出』は古い友人の奥様のエピソードのようです。
少し着色してる感じはありましたが
ノンフィクションというので、全文をそのままで掲載しました。

楽しい『想い出』 嬉しかった『想い出』 笑った『想い出』 など
いろんな『想い出』を募集しています。

 

pieni